他人だけでも自分だけでもない。2020年3月19日(木) 8:32 語録
人様のことだけを優先してきた私が昔はいた。
それが当たり前だった。
置き去りの自分に気づく前に、
自分も大切にする
好意を受け取る
そんな体験を苦手でも実践してきた。
やっと自分のことも大切に思えるようになってきた。
でも今はコロナウィルスで少し世界が混乱気味。
私のお店も中華街なのでかなり影響あり。
そんな時に経営的にも人間的にもとにかく全体を観ることを学ぶ。
それを実践する。
自分だけでもダメ。
他人だけでもダメ。
中華街だけでもダメ。
自分の県だけでもダメ。
日本だけでもダメ。
世界を?
それよりコロナウィルスの立場も考えたい。
立ち位置を変えてみたい。
滅菌、滅菌と騒いでいても何か違わないだろうか?
地球も他の微生物も私達も息することさえきついものをコロナだけのために撒き散らす。
しかも消毒液が店頭にないくらい…
私は自分で免疫力をつけることに意識を置いている。
呑まれなければ影響は最低限で終わるはず。
私達には抗体を作れる力が本来備わってる。
大したことでもなく、ありきたりの手作りの発酵食品(適当な作り方の酵素や梅干し、漬物など)を食べ、腸内細菌の環境を整える。
無農薬の松や玄米、よもぎ、伊予柑の皮を気分でお風呂に入れてるだけ。
そんな感じでお肌に常在肌菌を強化してるだけ。
お肌はいつもサラサラ。
この数年でローションやクリームも何も塗らずに乾燥しないようになった。
あとは恐怖心をなるべく、立ち位置変えて、何がこの時期人間として身勝手に考えずに学べるのか?
それを意識している。
これが一番関心ある。
きっと私たちは考え方は様々でも今とても貴重な体験をしている。
端切れのオーガニックガーゼを小さく切り、それを何度も洗っているマスクに重ねて使う。
私の両親は戦争時代、まだ小中学生の子供だったが、私には戦争中のことを考えたらモノを大切にしなさい!モノは最後まで何かに使えないか?
工夫する!といつも戦争中の苦労話をしてくれていたので断捨離の前に使えるか?
それを考える。
ゴミはなるべく簡単に出したくない。
消耗したい。
使い捨てのマスクさえ、私は昔から洗っていた。
親の影響。
人にはケチ臭く思われる。
でもポケットから落として無くなるまで使い続けていた。
ブレない。
不潔とも思わない。
昔の兵隊さんのこと思うとできない。
今年も使用中の2枚は去年からのモノ。
あり得ないくらい化石のようなお婆さん感覚の私。
でもマスクのない今、それでいいんだと思う。
やっとそんな時代が来たと内心喜んでる自分がいる。
使い捨てマスクがないという恐怖心より、コロナに対しては過剰にはならないようにしている。あとは普通にしていたい。
自分そのものでいることを大切にする。
そんな感覚の方が心と身体の免疫力は保たれ、地球を消毒まみれにするよりずっとずっとマシと思っている。
他人だけでも自分だけでもない。
でもこんな時期だからこそ、自分そのものを探って行動していきたい(^-^)